2018年08月24日号 小田原城さんぽ

小田原城さんぽ [188] 小峯新堀とその周辺

2019/11/14

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=閑院宮邸址よりアジアセンター跡へ=

現在の市営競輪場は幕末には沿岸防備などのための藩士の調練場であった。その南側の髙台は明治に入って閑院宮家別邸となり、戦後は三井不動産分譲地や小田原女子短大となり、西にはMRAアジアセンターが建った。
そしてこの台地の南側のほぼ鉢巻の位置に、等髙線に沿って東西に土塁と空堀が存在した。北条氏政が完成させた三の丸の山地外郭がこれで、天正一五年(一五八七)の伝肇寺文書に、寺の背後に出現したこの要害を「新堀」と呼んでいるので、私たちもこれを踏襲して付近一帯を新堀遺構と云うことにした。
東は天神山をへて清閑亭へ、西は御鐘の台大堀切東堀へ続くこの遺構の内側台地は北条時代三の丸の史蹟景観を満喫できる場所として推奨したい。秀吉の来攻が確実視されて小田原城は三の丸の外側にさらに大外郭を構築するが、この付近は天然の要害なので、外側に外張り口を構えるにとどめている。

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(小田原の城と緑を考える会長 田代道彌)

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